2013年2月25日月曜日

Le 14e @ 京都

友達に紹介された友達に紹介されて行ったお店で紹介されて…という、つながりにつながった経緯で知り合ったシェフがお店をオープンされるとのことで、初日の2月20日早速お伺いしました。

京都の河原町丸太町交差点近くの「ル・キャトーズィエム」。ビルの2階です。半円形の窓ガラスと、かわいいロゴが目印。

「準備がオープンに間に合うかわからない〜」とおっしゃっていましたが、もうずいぶん前から開店しているみたいにシェフに馴染んでいる感じのお店。オレンジとイエローに塗り分けられた壁が明るく、さりげなく飾られたポスターやポストカードも良い雰囲気。

入ってすぐ目をひいたのは、フランク・コーネリッセンの「コンタディーノ」!夫と私が大好きなシチリアのワインです。それも一杯800円!フランスではイタリアワインがとても高いという感覚の私たちからすると、これはかなりお得(日本の市場価格で言うとどうなのかわかりませんが…)。私は迷わずそれを選び、夫はグランド・コリーヌの新酒ロゼ。

シェフの茂野さんは、以前パリ14区のLe Severo(ル・セヴェロ)という、お肉で有名なビストロでシェフをなさっていたそうです。なるほど、黒板に書かれたメニューを見ると、こちらでもお肉に期待できそうなお料理がそろってます。
でも今回は「つまみながらのちょっと飲み」のつもりだったので、「お肉屋さんの一皿」というシャルキュトリー盛り合わせの小さいのと、それに合わせて「吉田工房のパン」、夫は「自家製ソーセージのホットドック」を注文。ホットドッグにプラス200円でフライドポテトがつけられるそうで、じゃがいも大好きな夫は迷わずそれもお願いしました。
「お肉屋さんの一皿(小)」
写真の色の調整がうまくいかず、見づらくてごめんなさい…。


「自家製ソーセージのホットドッグ」
いかにも「ちゃんとじゃがいもから作りました」という感じの
大ぶりのフライドポテトはホクホク!
お料理はナチュラルさを活かした木のプレートで出てきて、プレゼンテーションも凝ってますねー。 自家製ソーセージは、粗挽きでぷりぷりしたお肉が詰まっていて食べごたえあります。うーん、ソーセージはこうでなくちゃねー。

そして、手のあいたときに厨房から出てきた茂野さんが、とっておきワインをご馳走してくださいました。

グランド・コリーヌ(大岡弘武さん)の「コンファン」2004年。このキュヴェが2005年あたりから「G」になったとかで、品種はグルナッシュらしいです。私はこのラベルを初めて見ました。かなり希少なワインな気が…。
飲んでみたら、タンニンがとても細かく、すっかり落ち着いていて、でしゃばらない酸もあり、エレガントなワイン。すいすい飲めてしまいます。こんな美味しいものを飲ませていただいて、茂野さんに感謝!

茂野さんはパリ滞在中、蚤の市でアンティークを買うのが趣味(というか、お話を伺ったら、ほとんどプロの買い付けができそうな感じ…)だったそうで、お店のランプシェードや小物も、ご自分で見つけてフランスから持ってきたものなのだそうです。たしかに、お店のところどころにフランスらしさが漂っています。それが嫌味でなく気取らず、「そう言われてみれば…」という何気なさがすごく良い。
このかっこいい水差しも蚤の市で見つけたのかな?
なんだかフランスの仲間たちが恋しくなってしまいました…。

寒い日が続いている京都。この日は自転車で市内を周り、お店に着いたときは「もう限界〜」というくらい手も足も凍えていたのですが、美味しいワイン、美味しいお料理、気さくなシェフと奥様のサービスで、帰る頃には身も心もすっかり暖まりました。おかげさまで、とても気持ち良い帰り道でした。


2013年2月15日金曜日

ワイン屋休業中

実は私、1月下旬からワイン屋休業中です。(あ、お店は開いてます。)
店主合意の上で、今回は特別に長いお休みをいただきました。パリに戻るのは4月下旬の予定です。つまり、約3ヶ月という、とっても長いお休み…というか、一時「休止」というくらいの長さですね。

1月、私の最後の出勤日は水曜日でした。フランスの学校は水曜日も休みなので、店主は家で子供の面倒をみなければならず、ほとんど出勤してきません。その日も、「来ないのかなー、でも最後にちょっと挨拶くらいしとかないとダメだろう…」と思っていたのですが、現れる気配なし。午後、来店した常連客のOから質問があったので電話してみたら「後から行くから、最後にちょっと飲もう。Oにもよかったら来るように言って」と言われ、「あ、やっぱり来てくれるんだ」と少し嬉しくなりました。そのうえ、なんと、店主は色々な人に声をかけていたようで、閉店間近になったら常連さんや店主の友達6、7人が集まり、私は私で仕事の後に飲みにいくつもりで夫や友達とお店で待ち合わせをしていたので更に4人ほど増え、狭い店内なのに大所帯に。店主が次々に何本か開けてくれ、他の人もそれぞれ、とっておきのを持ってきたりその場で買って開けてくれたりして、飲めや飲めやの楽しい夜となりました。
でもみんなに「最後の日だから〜」と言われると、「なんか私ってもう帰ってこないと思われてるのかな…?」なんて思ってしまったりして☆「いやいや、そんなの、飲む口実なんだよ」と言われましたが。

しかし実際、こんなにブランクをあけて復帰できるのか…心配ではあります。うーん。


で、休んで何をしているかというと、日本にいます。
新幹線から富士山がくっきり見えました!

いやあ、やっぱり本国に比べると日本ってワインが高いですね。そうそう飲めません。
せっかくなので、日本酒を飲んでいます。


というわけで、ワイン業はお休み中ですが、ブログはつれづれに続けたいと思いますので、どうぞよろしく。

2013年2月2日土曜日

ある日曜日の午後

2月に入ってしまいました。少し古い話ですが、昨年末のこと。

年末、通常は日曜日休業なのですが、クリスマス・イヴと大晦日というワインの需要が高いイベント日が月曜に当たったので、その前日の日曜も特別にお店を開けました。

といっても、店主と私という二人だけの小さなお店だし、お互い休みもそこそこ取らないとなーというフランス人的ユルい気質なので、一日の営業時間を前半後半に割りふって交代制で出勤。私は前半担当で、朝は近くのマルシェに買い出しに行く人などが立ち寄ったりして忙しいかな〜?と心の準備をしていましたが、意外とそうでもありませんでした。特にクリスマスが終わってからは、パリの街中から途端に人が減り、いかにもクリスマス・ヴァカンスに本格的に突入したという感じで、寂しいほど客足が遠のき、大晦日前日はひっそりとしていました。(それでも大晦日当日は、パーティー用のシャンパーニュを買いにくる人たちで大忙しだったのですが…。)お店は小さな通りに面していて、住宅と小さな商店が混雑した、どちらかといえば庶民的で静かな地区にあり、日曜日は散歩する家族連れの他にはあまり人通りがありません。近所の住民たちの多くはクリスマス・ヴァカンスに出かけてしまったらしいその日曜日の午後の初め、めずらしく晴れて、青空と太陽の光が気持ち良い外の景色を時々眺めながら、店内整理をひとりで黙々と続けていました。

と、外のショーケースごしにこちらをじっとのぞきこんでいる中年男性の顔が視野に入りました。やや真剣な面持ちで、ショーケースに並んだワインではなく、店内を見ている様子なので、なんだか怪しい感じがして、不安な気持ちになって目をそらしてしまいました。私は気づかないふりをして段ボールを移動しながら、「こうしている間に立ち去ってくれたらいいなあー」と思っていたのですが、その男性がドアを開けて入ってきました。
内心緊張しつつ「ボンジュール」と挨拶すると、その男性はずかずかとこちらへ進んできました。私が「何かお伺いしましょうか?」とたずねると、「うん、ワインを探しにきた…というより、ここは昔、私の祖母がお店をやっていたところなので懐かしくてねー」と、まくしたてられました。
意外な言葉に驚きながら、それでもやはり警戒していた私は、一瞬、信じてよいものかと躊躇しましたが、その男性の少し興奮気味に話す様子に耳を傾けました。

お店は奥行きのある縦長な形をしているのですが、「この奥にまだ部屋がある?」と聞くので、「いええ、ありませんよ」と答えると、行き当たりの壁を見て納得し、「そうかあ、昔は祖母が店の奥に住んでいてね、寝室があったんだよ。子供のときはもっと大きいような気がしたんだけどなあ」と、お店の中を見回し、「この辺りから向こうが祖母のアパートだったんだよね」と中央あたりにある柱を指し、「ここにキッチンがあって、さらに壁があって、その奥が寝室だったんだ」と両手を広げてお店の中が歩き始めました。たしかに、床には奥と手前で少し段差があり、その部分には石が嵌めこんであって、いかにも改造したような跡があります。「ああ、私もこれが気になっていて、ここに壁があったんだろうなって思ってたんですよ」と言うと「そうだね、ここに壁があったんだね。とすると、ここから先が寝室だったのかあ。へえー、もっと広いように思っていたけど!」と、大きさをはかるように何度も壁や天井を見比べていました。「裏口の扉があったんだけどな。お店を閉めた後は裏から出てたから間違いない」「窓は昔のままだ」と、色々と細かいことも覚えているらしく、こちらも興味がかきたてられてきました。「お店が縮んだ…というより、あなたが大きくなったのでしょうね」と言うと、「本当、その通り」と笑って、楽しそうに思い出話をしてくれました。
おばあさんの時代は、雑貨や金物を扱うお店だったそうです。両脇に商品棚があり、通路は今より狭く、棚の後ろにストックを置いていて、子供の頃、よく店番や商品補充を手伝ったのだそうです。おばあさんは1980年代までそのお店を続けていたそうなので、彼がおばあさんの引退近い時期にここを訪れたことがあったとしても30年ほど前のことです。
昔の様子を語りながら店内を見回すその男性の目には、そこにある棚やワインの瓶が透けて、記憶のままの風景を見ているようでした。そして、店内整理の途中で開けっ放しになっていた地下カーヴへの入り口の戸に気づき、棚ごしにそこをのぞきこんで「わあー、あの揚げ戸も残ってるのか!」と驚嘆の声をあげ、足元を見ては「木の床も変わりないなあ!びっくりだな」と懐かしそうにしていました。
冬の午後のやわらかい日が差し込んだお店の中で、私もその男性となんだかノスタルジーな気分になり、ちょっと涙がこぼれそうになりました。
たまに懐かしく思ってこの界隈に来るとお店の前を通っていたけれど、いつも閉まっていて中が見られず、その日はたまたま開いていたので思い切って入ってみたそうです。日曜日にもたまには開けてみるもんですね。

その男性が帰った後、お店の外のバックヤードにゴミを捨てに行ったときに見てみたら、たしかに彼が言っていたように、お店の奥側に扉があったような形跡が見受けられました。そして、それまで気がつきませんでしたが、建物のホール通路の、お店の横の壁に当たるところに扉がついていました。後半担当の店主が来たとき、その男性に聞いた話をしたら、「ああ、たしかに横の壁に扉があったけど塗りこめちゃったんだ」「奥の扉はもうなかったけど」「それに、角のところに暖炉の跡があったんだよね」と教えてくれました。
男性の記憶のままでないことに少し残念な気もしましたが、完全に改築されたわけでなく、面影を残したまま小さな商店として生きているこのお店に、よりいっそう愛着がわいた出来事でした。